福岡高等裁判所 昭和25年(ネ)338号 判決 1952年9月04日
控訴人 被告 丸六産業株式会社 外二名
被控訴人 原告 吉田彦夫 外二名
主文
一、原判決を左の通り変更する。
二、控訴人丸六産業株式会社、同小祝助就は被控訴人吉田彦夫に対し、各自金十六万二百二十七円及びこれに対する、昭和二十四年六月八日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払うべし。
三、控訴人丸六産業株式会社、同蔀哲朗は、被控訴人石井宅治に対し、各自金十九万八千四百九円及びこれに対する、昭和二十四年六月八日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払うべし。
四、控訴人丸六産業株式会社、同小祝助就は、被控訴人国広精六に対し、各自金十一万二百二十七円及びこれに対する、昭和二十四年六月八日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払うべし。
五、被控訴人等のその余の請求は、これを棄却する。
六、訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人等の負担とし、その余は控訴人等の負担とする。
七、本判決は、被控訴人等勝訴の部分に限り、(1) 被控訴人吉田彦夫において、控訴人丸六産業株式会社、同小祝助就に対し、各々金二万円、(2) 被控訴人石井宅治において、控訴人丸六産業株式会社、同蔀哲朗に対し、各々金二万五千円、(3) 被控訴人国広精六において、控訴人丸六産業株式会社、同小祝助就に対し、各々金一万四千円の、各担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
控訴人蔀哲朗は、昭和二十六年一月二十六日午前九時の、当審における最初の口頭弁論期日に出頭しないから、その提出にかかる控訴状記載の控訴の趣旨を陳述したものとみなし、出頭した当事者に弁論を命じた。それによると、控訴人等は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。
事実及び証拠の関係は、
被控訴代理人において、一、被控訴人等は青表の卸売販売業者であるが、いずれも昭和二十四年五月中(一)被控訴人吉田彦夫は、控訴人丸六産業株式会社(以下控訴会社と略称する)に対し、青表引通京間、特上三百束を代金八十五万五千円(一束金二千八百五十円)で売渡し、即時金六十万円の支払を受け、残代金二十五万五千円の支払のために、本件手形を受取つた。(二)被控訴人石井宅治は控訴会社に対し前回の青表百束を代金二十八万五千円(一束金二千八百五十円)で売渡し、即時金五万五千円の支払を受け、残代金二十三万円の支払のため、本件手形を受取つた。(四)被控訴人国広精六は控訴会社に対し、前同の青表三百束を代金八十四万円(一束金二千八百円)で売渡し、即時金六十五万円の支払を受け、残代金十九万円の支払のため、本件手形を受取つた。
二、右取引当時の青表引通京間、特上の卸売業者の販売価格の統制額は、一束金二千五百九円であつたが、青表の生産は需要を充たすに足らなかつたため、被控訴人等が、青表の生産者から、これを生産者の販売価額の統制額で入手することは、殆んど不可能で、従つて統制額で販売しては利潤全然なく、控訴人等もその事情を知悉して前陳の取引をなしたものであるから、本件各販売代金中各統制額を超過する部分は、取引と同時に授受を了した前記各金員をもつて、それぞれこれに充当するとの諒解の下に取引が行われたのである。されば本件各約束手形金中には、統制額を超過する部分は含まれていない。
三、仮りに右主張が理由ないとしても、(一)被控訴人吉田彦夫の受取つた金六十万円は、二百十束の取引代金と金百五十円(金千五百円の誤記であろう)に該当するから、結局本件二十五万五千円の手形金額は、三百束から二百十束を差引いた九十束の統制額による代金に相当し、一束につき取引価格の統制額を超過する金三百四十一円に右九十を乗じて得た超過額を、本件手形金額から控除した残額の手形債権が存在する訳である。(二)被控訴人石井宅治の受取つた金五万五千円は、前示の計算により算定すれば、十九束の取引代金と金八十五円(八百五十円の誤記であろう)に該当するから、本件手形金二十三万円は八十一束の統制額による代金に相当し、一束の超過額三百四十一円に、右八十一を乗じて得た総超過額を本件手形金額から控除した残額の手形債権が存在する訳である。(三)被控訴人国広精六の受取つた金六十五万円は、前同様、二百二十七束の取引の代金と四十三円(二百三十二束の取引代金と四百円の誤記であろう)に該当するから、本件手形金十九万円は残七十三束(六十八束の誤であろう)の統制額による代金に該当し、一束の超過額二百九十一円に右残束数を乗じて得た総超過額を、本件手形金額から控除した残額の手形債権が残存する訳である。従つて、被控訴人等は少くとも叙上の限度において当該控訴人等に対し本件手形債権を請求し得るものと言わねばならないと述べ、証拠として、被控訴代理人において、甲第一、二号証を提出し、乙号各証の成立を認め、乙第一、二号証及び乙第四号ないし第六号証は本件と別個の取引に関するものであると述べ、控訴会社代表者及び控訴人小祝助就は、乙第一号証ないし第六号証を提出し、甲第一、二号証の成立を認むと述べ(控訴人蔀哲朗は、不出頭のため甲第一、二号証の認否をしない)た以外は、原判決の「事実」に示すとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一、控訴人等が、被控訴人等に対し、同代理人主張のような約束手形を振出し又は保証をなして、それぞれ関係被控訴人等に交付したことは、関係当事者間に争なく、被控訴人等が、各手形の満期に支払場所において、手形の呈示をなし拒絶されたことは、関係控訴人等の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす、そして、当事者弁論の全趣旨に徴すれば、本件各手形は、控訴会社が被控訴人等から各別に買受けた青表売買代金の一部の支払のため、当該売主たる被控訴人等に交付されたものであることが明らかであるところ、控訴人等は、各取引代金の中、統制額相当の金員は全部支払済みであつて、本件各手形金は、総て取引代金の中、統制額を超過する部分に該当するから、被控訴人等の法律上請求し得べき債権は、存在しないと抗弁するけれども、該抗弁に副う、原審控訴本人小祝助就、同蔀哲朗の各供述は信用しない。乙号各証によつてもこれを認むるに由なく、他に証拠は存しないから、前記抗弁は採用しない。
二、原審被控訴本人三名の各供述によると、青表の卸売販売業者である同人等は、昭和二十四年五月中各別に、主張にかかる品種、数量の青表を、主張の代金をもつて、被控訴会社に販売したことを認め得るところ、当時施行の昭和二十三年七月一日物価庁告示第三百七十一号によると、右販売にかかる青表引通京間特上十枚(一束)の販売業者の販売価格の統制額(但し取引高税を加算しないもの)は金二千五百九円であつて、これにその百分の一に当る金二十五円九銭の取引高税相当額を加算した金二千五百三十四円九銭の統制額を超えては、なんらの名義をもつてするも、またその手段方法の如何を問わず、契約し、支払い、又は受領することを禁止され、右統制額を超過する部分は当然無効であつて、謂う所の超過取引行為は、格別の事由存しないかぎり、統制額による取引行為としての効果を認むべきことは、夙に是認されている見解であるから、本件被控訴人石井宅治と控訴会社との青表百束の代金は、金二十五万三千四百九円であり、被控訴人吉田彦夫と控訴会社間、被控訴人国広精六と同会社間の各青表三百束の取引代金は、金七十六万二百二十七円であることは、算数上明白であつて、本件各取引当時、被控訴人吉田彦夫が金六十万円、同石井宅治が金五万五千円、同国広精六が金六十五万円の支払を受けたことは、同人等のそれぞれ自認するところであるから、これらを前記正当代金額から控除した残額が、各被控訴人等の適法に請求し得べき債権額というべく、従つて、吉田彦夫の残代金債権額(即ち、本件手形債権の残額)は、金十六万二百二十七円、石井宅治の残代金債権額(同上)は、金十九万八千四百九円、国広精六の残代金債権額(同上)は、金十一万二百二十七円といわねばならない。
三、しかるに、被控訴代理人は、前記「事実」二に摘示するように、本件販売代金の中、統制額超過部分は、予めなされた了解に基いて、前示各内入金をもつて弁済されているから、該超過部分は本訴手形金の中には含まれていないと主張する。しかし、凡そ取引に随伴し、あるいは、取引契約に内含される右のような了解ないし合意は、物価統制令第九条等の正しくこれを禁圧し、もつてその効果の発生を無みせんとする事項に外ならないから、たとえ、右のような了解ないし合意が成立し、もつて内入金の支払があつたとしても、右了解ないし合意はもとより無効であり、又内入金の支払も主張のような効果を発生するに由なきことは、左記四において説明する通りであるから、前示被控訴代理人の主張は採用し得ない。
四、つぎに、被控訴代理人は前記「事実」三に摘示するように主張しその言う所は要するに、既に支払われた各内入金を青表一束の取引価額(即ち、金二千八百五十円又は二千八百円)をもつて除し、よつて、各内入金が取引価額による青表の幾束に相当するかを算出しかくして得た商(青表の束数)を本件各取引総束数から控除して生じた残束数の青表の価額を、統制額に従い算定した金額をもつて、本件各手形の残債権額であるというに帰する。
思うに、価格につき統制額ある物品を目的とする取引においては、たとえ、取引数量が夥多なるときでも、いやしくも単一の取引(一個の契約)である以上、法の許容するその代金額は、統制額を限度とすることに確定し、又は確定すべく、取引当事者の意思表示ないし行為(このうちには、代金の弁済のごときを含む)によつて、統制の額を紊り、これを超過して動かすことは許されない。これを反対に解せんか、物価の統制は容易に当事者の意思ないし行為によつて潜脱され、統制の目的を達成し得ざること多言を要しない。被控訴人吉田彦夫(煩をさけ、他の被控訴人両名の主張に対しても、以下の説明を援用する)の控訴会社に対する本件販売代金額は金七十六万二百二十七円であることに取引成立とともに確定しており、内入金六十万円は必然且つ当然、右販売代金額の内入となるのであつて、法の認めない不法販売代金八十五万五千円の存在を前提とすること自体既に法の認容しないところであるから、右不法代金への内入ということも法律上あり得ないことである。であるから、被控訴代理人主張のように、内入金六十万円を不法な取引代金により算出して、右内入金は、取引青表の幾束に該当するということを詮議すること自体も無意味なことである。蓋し統制額を超過して、一束金二千八百五十円とする契約も、この契約による代金債権も(統制額を超過する部分については)全く法の許容しないところであるから法の許容しない右単価を基礎として内入金六十五万円が青表の幾束に相当するかを算出することも、凡そ意味のないことといわねばならない。
更に又例えば、統制額金一万円の一個の商品を、代金一万五千円で販売し、内金七千円を受領したとすれば、売主の請求し得る金額は金三千円をもつて最高限度とする。この場合金七千円は先ず統制額超過部分の五千円に充当されたとして、既に超過部分に弁済があつた以上、売主はなお金八千円の請求権があり、この請求金額は統制額一万円に達しないから許さるべきであると解することは結局、当事者の行為によつて、超過販売行為を是認することになる。超過部分に対する弁済充当を認容することは、その反面統制に違反した残債権の不法に増大したる存在を認容することに外ならない。その不法増大の金額は、超過部分全額を限度としその不法充当の額に比例するものであることも、看易い理であろう。
この理は契約が単一である以上は、取引の目的物の多寡によつて異ることはない。加之、合理的な一般人として、法律上無効な債務を、殊更に支払うがごときことは、通常考えられないことであり(原審における各被控訴本人等の供述中、取引当時授受された金員か、各統制額超過部分に支払われたとの点は信用しない)、特に法はかかる支払をなすこと自体を刑罰をもつて禁止しているのであるから(物価統制令第三条第三十三条)、正当に支払うべき債務がある場合は、その債務に支払われ、充当されたと見るのが極めて自然である。
要するに、統制額を超ゆる不法な取引において、内入金の支払があつた場合、それが超過部分に対する弁済としての効果を認むることは、その反面当然且つ必然に、それを認容しなければ増大せざるべき残債権を不法に増大させることになり、しかもその増大部分は、物価統制令第三条第九条等の禁圧を潜脱して生じた不法なものであるから、法律上請求し得ないといわねばならない。即ち、被控訴代理人の仮定的主張にかかる、前示債権の中には、物価統制令の前示各法条及び告示に違反した不法な部分が存在すること明白であるから、該主張も亦(その限度において)単に採用の余地なしといわねばならない。
五、以上の各説明で明らかなように、控訴会社及び控訴人小祝助就は各自、被控訴人吉田彦夫に対し、金十六万二百二十七円、被控訴人国広精六に対し金十一万二百二十七円、控訴会社及び控訴人蔀哲朗は、各自被控訴人石井宅治に対し金十九万八千四百九円、並びに右各金員に対する各満期の翌日である、昭和二十四年六月八日以降それぞれ完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払う義務があるから、被控訴人等の請求は、右認定の限度において認容し、その余は不当であるからこれを棄却する。
従つて、これを符合しない原判決は不当であるから変更を免れない。
よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条、第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 二階信一 裁判官 秦亘)